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先月、エルサレムに着いた日の朝、

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「24歳の頃には、英語で論文書きまくれるくらい
 英語が出来る女になる!」


と3年前は思っていましたが、
気がつけばあと2ヶ月弱で25歳になる私。
既に25歳と思いこんでいましたが、そういえばあと2ヶ月ありました。

由々しき事態はですね、
自分の年を忘れて既に25歳を名乗っているにも関わらず、
英語がペラペラになっていない現状に気づいていなかった点です。
ウニャー。(悶)


夢は、
今日は3年前の年末のお話を書いてみました。

イスラエルでフィリピン料理



イスラエルのアジア系労働者に興味のある方は、
映画「ジェリーフィッシュ」をご覧くださいまし。
あの映画、私は大好きです。
ですが、
何とか5日目の更新を果たしました。
きちんと発信していた方が、心の調子も良いです。

1日目:「男に迫られたら「アェーブ」と言うのだ!」
2日目:「アーティーチョークにまつわるトリビア」
3日目:「ヘブロン特産品:グラス、陶器」
4日目:「シャーミー料理を食う@池袋」
5日目:「西岸内でアパートを借りる」


まずは一週間。
昔は平気で一日2本とかアホな記事書いてたのに、
ブランクがあるとなかなか文章が書けませぬ。
語学も音楽も文筆も、年期と根気が命だなぁ。
明日は久々にMRCTをとってきます。
午後半休で病院行きです。


毎朝欠かさずママさんにメールする私ですが、
明日は機械で検査する旨を
彼女に伝えたところ、
やるぞやるぞ~、と思っていたのに延期し続けてきた
「パレスチナ・イスラエル小ネタ集」。


始めました。
当時の記憶を手繰りながら、一日一ネタ綴ります。
2009.10.15 古傷だなぁ
もう二年も経ったのかぁ。

と、思わず感慨にふけってしまいました。
某京都の大学の古びた講堂で、

いいないいないいなー!!!!!!!!!!!

とジタバタしてしまいそうなくらい、
ものすごく貴重な日々を送っているらしい
我らが筑波っ子スタッフたちのブログはこちら
スーダンの素顔が垣間見えます。
いくら安月給でも、仕事いっぱいでも、責任が重くても、
自分が意味のあることをしている実感があれば
どんなに帰りが遅くったって
毎日きちんと起きてがっつりこなせるものなのだと思う、
仕事というものは。(まぁ無理はよくないけれど)


それは簡単に言ってみても、
実現するのはすごく難しいことだ。
だって、

以下、9月23日イスラエル時間1:45(日本:同日7:45)に書いた記事。


7回目のイスラエル入国。空港には22:30着。
ベン・グリオン空港には7人のグループで来ていましたが、
やっぱり私だけ居残りでした。

パスポートコントロール前には空港職員しかいない。
現在待ち時間3時間を突破。
朝まで待つならあと4時間かなぁ。徹夜でツアーガイドの危機。


今回も内務省のお部屋で20分の質問を受けた後、
国防省のお部屋に通され、
がっつり一時間の質問を受けてきました。

初めに相手のお兄さん(国防省職員)が言う事には、
2009.10.01 浮上前夜
なかなか寝付けません。
イスラエルとパレスチナから帰ってきてから、
たくさんのことが頭の中を巡って
キリがないのです。


西岸ビルゼイト村で暮らしていたとき、
闇を隔てた遥か向こうに
イスラエルのテルアビブの灯りが浮かんで見えたこと。
それを指して教えてくれた友人は
地中海を拝むことすらできないのに、
私は簡単に足を波に浸すことができること。


「ラーマッラーで暮らしてた」と言うと
ドン引きするくせに、
私をからかいながら沢山話しかけて来る
テルアビブのビーチのおっちゃんたち。


五時間の入国審査が終わった後、
私が出て来るのを待っていてくれた
防衛省役人のお兄ちゃんの
一言一言。




今日一日考えて、
私がやりたいことは
何となく形ができてきたような気がします。

お節介ですが、
双方間の対話を仕掛けたいのです。
無数の対話を。
別に、仲良くなれとは言いません。
唯、壁の向こうにある存在を
複数の視点から知って欲しい。


地理的に分断された人々の間の
メッセンジャーになれる人を増やしたいのです。
日本人だって、なれると思います。


そんなメッセンジャーになることが、
そんなメッセンジャーを増やすことが、
目下私が志向するところです。




…お金にならないなぁ。
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