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パレスチナの中にイスラエル兵がいること、


それ自体はそんなに変な事態ではないと思うんです。





「分離壁が出来る前は
 イスラエル兵がよくうちの村に来て
 トイレを借りるついでに茶を飲んで行ったものだよ」


西岸の色々な村でそんなことを聞きながら、
いつか観た映画「ガリラヤの婚礼」を私は思い出していました。









イスラエルにも、パレスチナ人労働者がいっぱいいました。
今は簡単に出来ることじゃないけれど。給料は安かったけれど。
ナーヘル兄は大学の清掃員で、
たまに海まで出てはビキニの姉ちゃん達を眺めるのが
本当に楽しみだったのだとか。


今イスラエルで多いのは、
パレスチナ人の車泥棒。
セキュリティ機能をつけなければすぐ盗まれてしまう車。
日常と隣り合わせになって存在する漠然とした「怪しいやつら」への恐怖。






兵士。
泥棒。







例えば、日本の中に中国の兵士がいっぱいいたら
確かにおかしいことなのです。

とは言え、パレスチナの中にイスラエル兵がいっぱいいることは
現状ではおかしくない。
結局パレスチナは占領地であり、
パレスチナ当局にイスラエルの安全を保証する力は無い以上、
パレスチナにイスラエル兵を入れないという政策を
イスラエル国民が支持出来るわけがない。
だって、いつも車を盗みに来る「アイツら」でしょ?
何されるか分かったもんじゃないもん。




その「アイツら」一人ひとりの顔が、個性が、
自分たちの押しつけてきた事態が、
パレスチナでの兵役中に見えるなら、



「同じ人間」としての交流が双方の間に起こるなら、




イスラエル兵がパレスチナに入るのも、悪くない。
始まりは対等でなくとも。
対等で始まることがそもそも不可能だから。







悪いのは、
目が眩んで結局何も見えないこと。
パレスチナ人が結局「アイツら」で終わってしまうこと。
それは結局一方的な暴力を許してしまう。


どうして「アイツら」という考え方を捨てることが出来ないのだろう。



それは、
パレスチナ人が同様にイスラエル人を「アイツら」と呼んでいることを、敵意を、
過敏に感じているから?






「イスラエル兵をパレスチナから撤退させればいい」
という案の前にワンクッション、撤退を可能にする実績が必要で、
それなのに誰もそれを提示出来ない。
「占領反対」を声高に叫んで撃たれるなんて、誰でも出来る。









私は性善説に立ってしまうから、
楽観的過ぎるきらいがあるけれども、






パレスチナが善でイスラエルが悪、
パレスチナ人が正しくてイスラエル人が間違っている、
パレスチナ人は可哀想でイスラエル人は残酷、
と言い切った瞬間に、


残念ながら、その言葉そのものが力を持たなくなる。
そもそもそんなカテゴライズ、私にとってはバカバカしい。
パレスチナ人って誰?
イスラエル人って誰のことなの?








そんなことを考えながら湯船に体を沈めていたら
いつの間にか夢を見ていて、











衛生兵だった私のイスラエルの友人が、
お下げの髪をした20歳の女の子が、
パレスチナ人のデモを止める部隊の一人として高みに立っていて、



私はパレスチナ人とイスラエル軍の間に立っていて、
石を投げ始めるパレスチナ人の子供を眺めていて、



デモを蹴散らすためにイスラエル軍部隊の隊長が命じる。
私の友人に命じる。
「催涙ガス弾を水平射撃しなさい」


彼女は躊躇いながら弾を込めて、
催涙ガスのカプセル型の弾を水平に撃つ。


それが、たまたま私の足に当たる。
煙で周りは見えない。音も聞こえない。
骨折したかもしれない。
衝撃で感覚は麻痺して、
這うように現場から逃げようとして、


今度は左肩に激痛が走る。
ゴム弾?




ヒヤっとしたところで目を開けたら
お湯は大分ぬるくなっていて、
2時間寝ていたらしく手指がしわしわ。
左肩は妙な体勢のせいで違えてしまったらしく、何だかじんじんする。








あ~ぁ。せっかく友人に注意されたのに、また寝てしまった。
いつか新聞の紙面を飾ってしまったらどうしよう。
「女子大生、風呂場で溺死」なんて。


こんな夢を見るなんて、
今日はパレスチナとイスラエルを語りすぎてしまったのかも。
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