上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2008.03.23 やさしいひと
私はエルサレムからの帰国当日、泣きませんでした。



それは、

「必ず、すぐにここに帰ってくる。
 それに私は日本でしなきゃいけないことがいっぱいあって、
 それをするためにここに来たんだから
 帰るのは当たり前なんだ」

と信じていたからでもあるけれど、

帰国前日、すでに泣いていたからです。

一人では泣けませんでした。
「俺がマイのことをどれだけ愛しているか、マイは知らないよ(笑)」
と毎日のように言ってくれた、
パレスチナ人の私のお父さんが寝ている横で
椅子に座ってひっそり泣きました。





「どうしたんだ、泣きだしたりして。言ってごらん」


と寝ぼけ眼をこすって言うお父さんに、
「気にしないで、ちょっと考え事してるだけなの」
と何も話せないまま
プラスチックの白い椅子に茫然と座っていた私の
頭の中を巡っていたのは、


その日の朝に発ったハーゲンのことでも
13ヶ月の思い出のことでもなく、






「そうか。なら良いけれど」
とそのまま横になって、気にしすぎないように振る舞ってくれる、
そのお父さんの心のことでした。






ホステルのマネージャーを務めている彼。
半身が不自由な彼。
子供がたくさんいる彼。
それでも離婚してしまった彼。

パレスチナへ入る外国人に、トレーニングを施す彼。
新人が来ると、めいっぱいの笑顔で出迎える。

彼の英語がアラビア語訛りかどうかなんて関係なく、
彼が障害を持っているかどうかなんて関係なく、
彼の器の大きさを、心の広さを、
誰もがずっと慕い続ける。
彼には、世界中に友達がいる。
言葉も年齢も文化的な背景も違う友達が。






ネットワークの中心に居る彼。


それでも私は、娘のように可愛がってもらった私は気づいてしまった。
彼「自身」がネットワークの上に居ないことを。
ネットワークはどんどん成長していく。
彼の心の深くに眠る、彼にとって本当に大事なことを置き去りにしたまま。










他者への寛容。







それは、自分の心との闘いです。







それは笑顔の下でこんなにも痛むのに、







それは私の留学の出発点であって、終着駅でした。








くるり、と私の13ヶ月が円を描いて繋がった瞬間、
そしてそれを私の母国で、第二の母国で実現するんだと思い立った瞬間、

私は、声を殺してぼろぼろ涙を流すしかなかったのです。

私はなんて恐ろしいことを達成しようとしているんだろう。
その恐ろしいことを、どうして「光」だと信じて疑わないの?






***************************************


「幸せって、豊かって、なんですか?」



留学を始める直前、
21歳の、ちょっと突っ張った感じの男の子に聞かれたことを思い出します。






それは、


思考の海。
可能性の認識。
表現する手段を持つこと。




私は3つを、それ以上のものを持っていて、
とても幸せで豊かです。



でも、それは同時に、足に括りつけられた錘です。
泳ぎ疲れた私は、時に沈んでいきます。
目を瞑って、呼吸を止めて、水音だけに耳を澄ませて、
誰かが私を呼んでも聞かないふりをして。







***************************************



「だったら、君もここでシーシャを吸えばイイよ」






君と?
君と初めて出会った、この日暮里のイラン料理屋で?





ここのイラン人の主人も、やさしいひとだ。
閉店後の彼を見ていると、時々私は泣きそうになる。






イラン人とロシア人と日本人。
不思議と心地が良い、イランでもないロシアでもない日本でもない空間。





水音だけが聞こえる。










でもだめ、私は浮上することを希求している。
スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://janiksenpoika.blog40.fc2.com/tb.php/1029-c6a33535
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。