占領地・パレスチナの経済の方がカイロのそれよりよっぽど健全に見えました。
こんなこと言ったらガザの人に怒られちゃいますけれど、
西岸の状況よりカイロの路地裏の方がよっぽどひどかった。
それは多分、都会の魔力のせいです。
西岸にはまだ、そんなに激しい階級がないから。
そしてコミュニティが狭いから。
そして
同じパレスチナ自治区でも
西岸に住むガザ出身の人たちが受けてしまう差別。
少し違う文化。少し違う言葉。エジプトの影響を受けた経済水準。
「出稼ぎ者」。
今、政府の計らいで値段の下がったパンを求めて店先に人が殺到するカイロ。
そこで、
中東のハンバーグ「コフタ」の食肉偽装事件が起きました。
本来牛か羊を使うべきこの料理。
何と、ロバや犬の肉を混ぜて激安販売していた卸売業者があったのだとか。
詳しくは19日の朝日新聞夕刊2面をご覧下さいませ。
* * *
「パレスチナ」という分かり易いアイコン。
それに群がって、正義と銘打って、結局何が出来るんだろう。
パレスチナだけ助かりゃいいのか。イスラエルが屈伏すりゃいいのか。
パレスチナと同じくらい苦しいところは他に沢山あるし、
悪のレッテルを張られるイスラエルでさえ、
色々な矛盾を抱えていて身動きが取れないのに。
そんなことを口にしたらきっと怒られるのだろうけれど、
そんなことを口にするパレスチナ研究者が居たっていいと思う。
「裏切り者」「恥じろ」、なんて言われる前に恥じている。
完全なる正義と100%同化することが無いと思っている以上、
心のどこかでいつも恥じている。
私はそうやってパレスチナを研究していくし、
何だかんだ言いつつ結局いつかは「和」のために、
部外者なりに身を削って生きるのです。
自分の正しさを、いつも30%分くらい疑いながら。
70%分くらいは、信じて行動を起こしながら。
「患者の体にメスを入れる瞬間は、99%くらい、自分の正しさを信じている。
そうでもないと、人体を切ることなんて出来ないから。
でも残りの1%で、起こり得るリスクを考えている。」
(友人の言葉より)
人のいのち、人の人生に関わるから。
たくさんのいのち、たくさんの人生に関わるから。
信念。
私たちはそれを必要とする。
宗教という形を取ることもある、そうでないこともある、
とてもユニークな形を取ることもある、凡庸であることもある信念。
議論に晒すことなく、磨くことなく大切に仕舞い込んでしまったら、
その信念は自分に対する責任しか負うことが出来ない。
それで良い人もいる。自分に対する責任だけ負えばいい。
それでは良くない人もいる。他人の名前を語る者は、それでは良くない。
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そろそろ卒論に本腰入れなきゃ。
そう分かっていても首が回らない日々。
占領経済を、アラブ文化を、ユダヤ史を、
批判的に乗り越えるべき先行研究を勉強しないと、
夏に現地へ行っても何も出来ません。
私はこうやって口ばっかりで批判していてはいけないのです。
早くモノを作らないと。