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よく、電車の中で考えることがあります。
自分はどこまでされたら相手を憎むんだろう、と。



痴漢に遭っても、
暴行されかけても、
ガス弾で撃たれても、





「何が相手をこうさせるんだろう」


という考えが先に来て
結局自分の中で消化してしまう、
そんな年月を私は過ごしてきました。







私はきっと、
いつかこんな自分の甘さに殺されるんだ。

そう思いながら恐る恐る足を踏み入れた
二色の敵意が渦巻くような彼の地でも、
底無しの「悪意」を見ることは結局ありませんでした。
そんな私は幸運な果報者です。
生きてりゃきっとイイことあるさ、と単純に思える私は果報者です。









根っこに、思いを馳せます。
第二、第三が現れないように対策を講じるのが、
幸運な私の仕事だと思います。
流石の私でも、
大事な人たちがこんな最期を迎えたら
誰かを憎んでしまうに違いないから。







毎日通る、秋葉原駅。
すれ違う人々。
交わる機会を持たない思考たち。






******************


「どうして芝居をやめたのですか?」
「大きな不幸が起きたんです、ご婦人。ある日のこと、あるひとつの言葉がわしらに欠けていることに気がついた。だれかに奪われたわけじゃない、わしらが忘れてしもうたわけでもない。ともかく消えてしもうていたんじゃ。だが、その言葉なしでは芝居がつづけられなんだ。すべてのものが意味を生まなくなってしもうたからじゃ。あらゆるものとものがつながりをもつのは、そのひとつの言葉のおかげなんじゃよ。おわかりかな? 以来わしらは、その言葉をもう一度みつけようと、旅をつづけておるしだいじゃ。」
「あらゆるものとものがつながりをもつのは、その言葉のおかげ?」と貴夫人は驚いてたずねた。
「そうだ」といって、老人は真剣な顔でうなずいた。「きっとあんただって気づいておられるじゃろうが、この世界は断片だけからなりたっている。そしてどの断片もほかの断片とはもう関係がなくなっている。わしらのところからあの言葉が消えてしもうてから、そうなったんじゃ。おまけに、なんとも困った話じゃが、断片はどんどんこわれつづけ、おたがいをつなぐものが、ますます少なくなっている。あらゆるものとものをもう一度結びつけるあの言葉が見つからなかったら、そのうち世界はすっかり粉々になってしまうじゃろう。だからわしらは旅をつづけて、言葉をさがしておるんじゃ」
「ほんとうにいつかその言葉がみつかると、信じてらっしゃるわけ?」
……
「わたしたちは、いま歩いている長い道によって、その言葉を書いてるの。地球の表面にね。だからわたしたちは、どこにも立ちどまらないの」
「ああ」と貴夫人がいった。「だったら、どこへ行かなくちゃならないかは、いつもわかっているわけね?」
「いいえ、導かれるままに行くのよ」
「じゃ、導いているのはだれなの、なんなの?」
「あの言葉なの」とこたえて少女は、勘弁してくださいとたのむかのように、ほほえんだ。



『鏡のなかの鏡――迷宮』 ミヒャエル・エンデ (丘沢静也 訳)
岩波現代文庫 p.66-67
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