
1. 人間の安全保障は問題を国境で区切る考えを排除しようとする試みといわれていますが、そうした観点からみると、非常に面白い視点だなぁと思います。遠い?途上国の難民キャンプの子ども達について考えるのと、先進国内で虐待を受けている子ども達を同じ立場に考えなければいけないのに、現在の国際社会は本当に問題を国境を区切らずに考えているだろうかと。
2. また、ソーシャルキャピタルの視点で考えても、面白い記事だなぁと思います。おそらく想定しているアクターは国家以外にも多数いることでしょうが、その中でも唯一正統な『暴力』をもつ国家への期待が大きい一方、暴力による限界、というか問題が指摘されていて、その中で国家が何をできるかという課題を説いている。そもそも国家は正統な『暴力』を使いうる唯一のアクターであったとしても、『暴力』を使う必要はあるのか。しかし、国家による行動は少なからず『暴力』を伴うのではないか。それは制度上の問題か、それとも受ける側の感受性の問題か。
ファイト☆

>「子どもの権利条約って、結局誰のための何?」
深く勉強したことなんて全然無いが、その論点やっぱり立ち止まるよな。私の場合子どもを区別してるのに納得できなくて考えるのを止めた。10歳下の弟の成長見てると大人とか子どもって何だろうと疑問。
昔から親に「子どものくせに」とか言われすぎてて他人を「子ども」と呼ぶことに抵抗があるし正直子ども料金や大人料金とかも解せないw子どもの方がシビアな視点持ってたり子どもとみなされてる人々もオトナとされている人々も同じように生きてるのに、結局みんなオトナになりたがっていつしか生ぬるい虚構つまり社会に甘えてくようになるのを見るのは痛々しくてたまらないよベイベー。

反対に,親がしつけでちょっとおしりをスパンクしても,「虐待だ」ど通報されてしまうアメリカというのは,そこまで過剰反応するほどに,病んだ社会だと思いますよ。特に,アジア系の子は蒙古斑が虐待と誤認されることもあるそうですし。
私は日本人で,ほぼ毎日たたかれていたけど,それが原因で,たたくことは嫌いです。就職当時は「体罰禁止」なんて考えは日本の学校にはなくて,子供をたたかないのは甘い,と非難されたこともありました。
でも,パレスチナ人の夫は,わたしに叱られて,「親にも怒られたことがないのに」と,すごくショックを受けていたぐらいで,兄弟が多すぎて,末息子は年が離れていて,兄は相手にしてくれなかったみたいなんですが,生まれた時から内戦状態で,5歳でライフルを持ってチェックポイントに立ったせいなのか,暴力がすごく怖くて,過剰反応してます。
甘やかすというのも,虐待で,ある国は,世界中から甘やかされて,すっかり,狂ってしまっているんではないでしょうか。

>「子どもの権利条約って、結局誰のための何?」
相変わらず示唆に富んでて面白い。確かに人権思想自体が違う文化の文脈から来てるから、それを他の社会にあてはめようとしても、いわば「ハコ物」を途上国に建てて、あとはほっとくみたいな感じに近いのかもね。
人権はあると信じられてるけど、それをそれぞれの土地と文化の中でどう接着していくかは国によって違ってくるだろうし、一番気を使うとこだろうね。。