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成田へ足を運ぶ機会が多いからでしょうか。
会社で扱う品が、署名活動だからでしょうか。
うちの犬が寂しそうな顔をしているような気がするから?
それともDays Japanの特集で取り上げられていたのを見たから?



最近よく思い出すのは、


高校3年生の春に訪れた
成田近郊の動物愛護センターのことです。
今夜はいつもより鮮明に思い出してしまって、
なかなか寝付けません。
日曜は朝から映画デートなのに。






何で見学に行ったのか、実はキッカケをよく覚えていません。
社会研究部の記事を書こうと思っていたのは確かですが、
少しでも文章に起こすのは、実はこれが初めてです。







確か、春休み期間か何かの平日でした。

電車とバスを乗り継いで友人と二人で訪ねた
そのセンターの係の方は
世間知らずな私を丁寧に出迎えて下さって、






「愛護センター」が何なのかを
説明して下さいました。







愛護センターは、迷子や引き取り手のいない動物を預かる場所です。


それでも預かる期間は限られていて、


そこへ辿り着いた犬猫は、6-7日目に殺処分となります。






犬は檻の中。
猫は個別ケージの中に保管されますが、




犬の檻は全部で隣り合わせに5つ。
一日に一つずつ、横の檻へ移動していきます。
檻と檻の間の壁が可動式になっていて、
分けられた犬たちを隣へ追い立てていくのです。

月曜日に来た新入りなら、
月曜日には一番左の、1つめ。
火曜日の昼ごろに右へ1つ移動して、2つめ。
水曜日、3つめ。
木曜日、4つめ。
金曜日、5つめ。
土日はお休みなので、そのまま。


6つめの檻はありません。
必要ないからです。それ以上預かれないからです。








檻の代わりに、金属で囲い込まれたガス室があります。
そこへ順番の来てしまった犬を集め、
猫をケージごと収納し、
密封した上で炭素ガスを注入します。




犬猫たちが死んだ後は、
遺骸を掻き出して隣の焼却炉へ移動させます。
灰は施設の裏手に埋めています。







施設の隅に、処置室がありました。
そこにはまだ目も開いていない仔犬が数匹、
タオルを敷いたバケツの中に収まっていました。




一週間、必要な世話をします。
ミルクが必要であればミルクを、
怪我の手当てが必要であれば手当てを。





それでも、ほぼ例外なく、
一週間後にはガス室です。










その方は、獣医師免許を持っていました。
動物を扱う以上、やはり免許が必要になるのです。


大学受験をして、念願の大学で動物の勉強をして、
その後に得たのは
毎日動物の命を吹き消していく自分に向き合う仕事で、






あぁ。



と、何かに圧倒されたのを覚えています。

彼は6年経った今でも、そこで働いているでしょうか。
向き合っているのでしょうか。












檻の中で尻尾を振ってこっちを見ていた犬たちや
狭いケージの中でじっと待っているしかない猫たち、
バケツの中で小さな声を上げる仔犬たちが目に焼き付いていますが、



私が記事も書かずに何もしないうちに、
彼らは灰になってしまいました。
そしてそれから6年が経ちます。






今頃檻の中に多いのは
くぅ〜ちゃんブーム後のチワワでしょうか。
それともソフトバンクの影響で白い犬や柴犬?





センターでの引き取りが、2年前から有料化されています。
それでも一番手が付けられないのは
センターに持ってくる人たちよりも
お金が惜しくてその辺りに捨ててしまう人たちです。








2006年に千葉県で殺処分された犬は約6000頭、猫は約8000頭。

月曜日もまた、40頭前後が入るのです。
あの小さな、金属製のガス室へ。





センターのホームページで一匹一匹の写真を見ながら、思います。



同じものは一つとして無いのに。






6年前の記憶を引きずっているということは、私は納得がいかないのでしょう。
何かをしなければと思っているのでしょう。




でも、

何を?


「これだ」
というのが、
未だに見つからないのです。先ずは何かを始めてしまえばいいのに。
文章にしてしまうことで、「何かをした気分」になりたいだけかもしれません。


僕は以前、別の場所にある同様のセンターに関する記事を読んでやりきれない気持ちになりました。何かをしなければとは思っても、何をすれば良いかも分かりませんでした。

僕の知人が、最近数年ぶりに子犬を飼い始めたそうです。
以前飼っていた犬が死んで以来、次に飼う時には何か役に立ちたいと家族で話して、そして最近里親になったのだとか。

そういう話を聞くと、まず必要なことは愛護センターのことやそれにまつわる現実を一人でも多くの人に知ってもらうことなのではないかと最近は思います。

だから、こうして実際に自分の目で見たことを文字にして、他人と共有するということ、それは「何かをする」というには小さすぎると感じるかもしれないけれど、もしかすると一つの小さな命を救うきっかけにだってなるのかもしれないですよ。何か大きなことができればそれに超したことはないけれど、こういう小さな何かの積み重ねが重要なんじゃないかな、などと思います。
【2008/06/22 06:14】 URL | Max #eaQHeSKM[ 編集]














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