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2009.10.05
【旅行記1】「イスラエル人だって好きでココにいる訳じゃない」
以下、9月23日イスラエル時間1:45(日本:同日7:45)に書いた記事。
7回目のイスラエル入国。空港には22:30着。
ベン・グリオン空港には7人のグループで来ていましたが、
やっぱり私だけ居残りでした。
パスポートコントロール前には空港職員しかいない。
現在待ち時間3時間を突破。
朝まで待つならあと4時間かなぁ。徹夜でツアーガイドの危機。
今回も内務省のお部屋で20分の質問を受けた後、
国防省のお部屋に通され、
がっつり一時間の質問を受けてきました。
初めに相手のお兄さん(国防省職員)が言う事には、
7回目のイスラエル入国。空港には22:30着。
ベン・グリオン空港には7人のグループで来ていましたが、
やっぱり私だけ居残りでした。
パスポートコントロール前には空港職員しかいない。
現在待ち時間3時間を突破。
朝まで待つならあと4時間かなぁ。徹夜でツアーガイドの危機。
今回も内務省のお部屋で20分の質問を受けた後、
国防省のお部屋に通され、
がっつり一時間の質問を受けてきました。
初めに相手のお兄さん(国防省職員)が言う事には、
「自分には大事な人を守る義務があるから、
君が危害を加える人かどうか、きちんと調べる義務がある。
正直に答えてくれないと、君を通すかどうか決められない」
一番初めにここに来た時は
「なんて恐ろしいところなんだココは」
と思って泣きそうになって虚勢ばかり張って、
プレッシャーで吐きそうだったけれど、
5回目くらいになると、こう思います。
この人たちも、それぞれの戦いを生きているなぁ。と。
どうしてアラビア語を勉強しているのか、
どうしてパレスチナとイスラエルを選んだのか…
とぽつぽつ話していると、
公務を脇に置いて、彼が「本音で話すよ」と言い出しました。
「イスラエル人だって好きでココにいる訳じゃない」
「ここで生まれて、ここで育って、
家も家族も思い出も法的証明書も全部ここにある。この国にある。
住んで、暮していていい気分はしない、けれど、
この国に繋がってしまってるんだ。今更どこへ行く。
今更他の家を買う金なんか、誰がくれるわけでもない。」
「この紛争にそんなに興味があるんだったら、
スデロットにも行けばいいじゃないか。君は何故行かない。
どうしてビルイーンばかり見て、「見たような気分」になってるんだ。
そういう奴らは、「平和活動家」なんかじゃない。
ただ騒ぐ種を欲しがってる迷惑な奴らだ。
本当の「平和活動家」は、大きな目線でこの紛争を捉えられる人材だ。
パレスチナの問題もイスラエルの問題も見られる人間だ。」
政治を脇に置くならば、
人を主眼に置いて語るなら、
この紛争は兄弟喧嘩みたいだね、とペッペが言っていたのを思い出す。
論理で戦える兄と、言葉が未発達で拳を使うしかない弟。
------------------------------------------------------
以降、追記。
その後、長期戦をほのめかすように
お兄さんは私にサンドイッチとお水をくれたので
「私、イスラエルの税金でごはん食べてる!!」と下らないことに興奮し、
でもサンドイッチは激マズだったのでちょっとがっかりし、
ベンチにねっ転がり、隣のイタリア語会話に耳を澄ませ、
結局私は朝3時半までの5時間、観光ビザの発行を待ちました。
「マイ」と私の名前を呼ぶお姉さんからビザ付きパスポートを受け取った私を
怒っているような無表情なような、
ビミョーな顔で待っていたさっきの国防省職員。(名前忘れた)
「仕事とはいえ、悪かったね」
「いやー、もう慣れてるから」
「普通怒るだろう、ここまで調べられたら」
「入国はもう7回目だからねぇ。新年おめでとう、おやすみなさい」
更に空港から出る前に荷物検査をし、
ロシアかどっかの聖地から帰ってきた正統派の黒い群れを押しのけて
シェルートに乗り、
エルサレムについたのは朝5時前。
そのまま朝の旧市街を散歩し、アル・アクサー・モスクごしに朝日を眺めました。
「なんだい、結局また来ちゃったよ…」と思いながら。
そんな私の、ツアーガイド稼業1日目。
君が危害を加える人かどうか、きちんと調べる義務がある。
正直に答えてくれないと、君を通すかどうか決められない」
一番初めにここに来た時は
「なんて恐ろしいところなんだココは」
と思って泣きそうになって虚勢ばかり張って、
プレッシャーで吐きそうだったけれど、
5回目くらいになると、こう思います。
この人たちも、それぞれの戦いを生きているなぁ。と。
どうしてアラビア語を勉強しているのか、
どうしてパレスチナとイスラエルを選んだのか…
とぽつぽつ話していると、
公務を脇に置いて、彼が「本音で話すよ」と言い出しました。
「イスラエル人だって好きでココにいる訳じゃない」
「ここで生まれて、ここで育って、
家も家族も思い出も法的証明書も全部ここにある。この国にある。
住んで、暮していていい気分はしない、けれど、
この国に繋がってしまってるんだ。今更どこへ行く。
今更他の家を買う金なんか、誰がくれるわけでもない。」
「この紛争にそんなに興味があるんだったら、
スデロットにも行けばいいじゃないか。君は何故行かない。
どうしてビルイーンばかり見て、「見たような気分」になってるんだ。
そういう奴らは、「平和活動家」なんかじゃない。
ただ騒ぐ種を欲しがってる迷惑な奴らだ。
本当の「平和活動家」は、大きな目線でこの紛争を捉えられる人材だ。
パレスチナの問題もイスラエルの問題も見られる人間だ。」
政治を脇に置くならば、
人を主眼に置いて語るなら、
この紛争は兄弟喧嘩みたいだね、とペッペが言っていたのを思い出す。
論理で戦える兄と、言葉が未発達で拳を使うしかない弟。
------------------------------------------------------
以降、追記。
その後、長期戦をほのめかすように
お兄さんは私にサンドイッチとお水をくれたので
「私、イスラエルの税金でごはん食べてる!!」と下らないことに興奮し、
でもサンドイッチは激マズだったのでちょっとがっかりし、
ベンチにねっ転がり、隣のイタリア語会話に耳を澄ませ、
結局私は朝3時半までの5時間、観光ビザの発行を待ちました。
「マイ」と私の名前を呼ぶお姉さんからビザ付きパスポートを受け取った私を
怒っているような無表情なような、
ビミョーな顔で待っていたさっきの国防省職員。(名前忘れた)
「仕事とはいえ、悪かったね」
「いやー、もう慣れてるから」
「普通怒るだろう、ここまで調べられたら」
「入国はもう7回目だからねぇ。新年おめでとう、おやすみなさい」
更に空港から出る前に荷物検査をし、
ロシアかどっかの聖地から帰ってきた正統派の黒い群れを押しのけて
シェルートに乗り、
エルサレムについたのは朝5時前。
そのまま朝の旧市街を散歩し、アル・アクサー・モスクごしに朝日を眺めました。
「なんだい、結局また来ちゃったよ…」と思いながら。
そんな私の、ツアーガイド稼業1日目。
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