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金曜日は授業を一コマサボり申し上げて、
朝日新聞beでも取り上げられた映画
『アルナの子どもたち』を観に東中野へ行って来ました。

リンク―パレスチナ子どものキャンペーン



アルナという名前のユダヤ人女性が居て、
パレスチナ人と結婚して、
パレスチナのジェニンにある難民キャンプで
子どもたちのための劇場を運営していたそうで、


ちなみにジェニンはイスラエル↓の…
khariita1.jpg



占領地パレスチナの中のヨルダン川西岸の北のあたり。
khariita2.jpg



アルナは95年に亡くなります。
その後劇場は色々な経緯があって潰れ、
イスラエル軍がジェニンへ侵攻し、
劇場で楽しいひと時を過ごしていた子どもたちは
色々な人生を辿り……



何人かは自爆事件を起こして亡くなり、
何人かはイスラエル軍から難民キャンプを守るために命を落とし、

残った人々は色々な思いを抱え、



そして今年の2月に「自由劇場」(マスラフ・フッリーヤ)が
アルナの息子の手で再開。





アルナに可愛がられて伸び伸びと自己表現をしていた子供たちが
大人になり、色々な形で命を落とすまでの十数年を
「個」の成長に焦点を当てて辿る作品。
こういうの、確かに今まで無かった。



そしてこの作品は
「答え」を提供しない。








この「パレスチナ子どものキャンペーン」という団体自体にも
私は好感を覚えました。






ボランティアとかNPOとかNGOって、
どうしても胡散臭さが漂う場合があります。

私にとってパレスチナの問題はあくまでパレスチナ人の問題で、
私は彼らの怒りを十分に共有することは結局出来ないのであって、

それをさも彼らと一心同体のように
「見て!! こんな不条理が横行していて
 それを受ける彼らはカワイソウで
 私達はそれを何とかする義務があるの! 同情しようよ!」
なんて言ったって
共鳴出来るのはほんの一部の人間で。


怒りとか同情っていうのは至極分かりやすい、
人々の心の底にある人間性を鷲掴みにし易いアピール方法ではあっても、


人々の持つ人間性なんてものは
色々な方向性を持っていて、
必ずしも「怒り」や「同情」に共鳴できるわけでは無く、
寧ろ「怒り」について特に言えば
理解できない「怒り」にドン引いてしまうことも多く、
(だから自爆攻撃は効果的でない)


そもそも人間性なんてものが有効だったなら
ニホンジンが手を出すまでもなく
パレスチナ問題は起こらないのであって。



いや、草の根活動が必要ないって言ってる訳じゃないんですよ。
ただ(彼らの一部が振りかざす)「人間性」ってものが
万能でないことを認識していないような活動を
私が嫌ってるだけです。



それを人はこう言う……
「ゴメン」で済んだら警察は要らねぇんだよ、
と。




元々は、
彼らの活動を「正しい」と思っているのは彼ら自身だけで、
それを如何にして「正しい」と共感させるかという点において
彼らは工夫を求められる。
そしてその工夫ってものが
ただ「不条理」や「怒り」や「同情」をアピールするだけのものなら
結局彼らの活動は上手く広がっていかない。





なまじ中東の政治と国際関係なんて
とても現実的で汚くて心無いものを学んでしまった私は
どっちかというと
理想を抱きながらもその「心無い」フィールドに転がり込んでもがく方が
性に合ってるのかも知れません。




話がズレた。




で、このパレスチナ子どものキャンペーンは
私がNPOに押さえてもらいたいと思っている
そのツボをしっかり押さえていたと。
自分達と相手の立場を混同することなく
相手から遠すぎることなく、
人々がカワイソウとか決して言わない。
同情で活動してるんじゃない。


そういう直感です(死)。











映画の後に質疑応答の時間がありました。




そこで一人のおばさまがこう言うのです。


「ハマスが当選して、
 パレスチナはこれから大丈夫なんでしょうか?」



私が講演者だったら心の中で「知らねぇよ」と言いますw

だから私はボランティアとか向いてないんだよね……




講演会一つで全てのものが見える訳じゃないんです。
講演会一つでこの問題の答えが見える訳じゃないんです。

それは一つの、提供された「立ち位置」にしか過ぎず、
貴方は貴方なりに色々な立ち位置に付くように色々な機会を作って、
それぞれの機会で得られた要素に貴方なりにアクセントをつけて、
それを貴方なりに繋ぎ合わせて答えを探さなくてはならないんです。



この質問で答えが出るに違いない、みたいな雰囲気が
ばりばり出ていたそのおばちゃんを見て
学生の私は半ば呆然としてしまったけれど、

その反面
彼女は21歳の小娘たる私の持たない財産を
沢山持っているに違いないので、


そういう人に新しい視点を提供しつつ
人生経験を提供してもらうっていうのは
どうしたら一番効率的なのかしら、
ていうか勉強ってなに、
そもそも私は何がしたいんだ、
とぐるぐる考えながら
総武線に乗り込んだなみちゃんでした。
考えすぎて
グレープフルーツジュースとミックスフルーツジュースを買い間違えました。
ミックスが良かったのに。





あ~あ。
今日もしょうもないことを書き散らしてしまった。
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