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マイミクさんのレビューに入っていたので
昨日バイトの前に本屋さんに寄って買ってみました。
光文社新書から出てます。
好井裕明氏の作品。



私が旅行をしてごにょごにょ思ってたことが、
物凄くキレイに整理されて提示された気分。




高校で新聞部の部員をやっていた時に
生徒に対して
携帯電話に関するアンケートを取ったことがありまして。


回収したアンケートを集計する私を見て
先輩が一言。



「なみきさん、
 なみきさんはこのアンケートで一体何を確認したかったの?」





その時は
「アンケートって結果を予測して取るもんなんだ…。。。」

先ずそこからカルチャーショック。
15歳の小娘にはびっくりでした。


自分の仮説を確かめるためのツールなのね。




でも
「それって本当にいいのかしら?」
という疑問もずっと心の中で渦巻いていて。


勿論、質問の道筋を考える上で仮説は絶対に必要だけれど、
私は人々を対象物として見るだけではいけないのでは?
彼らからからもっと得るものがあるのでは?
証拠にするだけじゃなくて、
そもそも私が対象から学ばなくては始まらないのでは?

と悶々として早六年。




そして旅行に出て、



パレスチナで爆撃跡を訪ねて
そこの人々に軽くインタビューするのを通訳した時。


イスラエルの市場でいきなり
TV局か何かに
「今度の選挙についてどう思いますか?」
とカメラを向けられた時。






あなたたちは何が知りたいの?
どういう答えが得られれば満足するの?




と思ったのでした。








要はね、キャッチボールじゃないんです。






好井氏によれば、
仮説を証明するための調査は「量的調査」であり
彼は本書の中で
「人々が現実に生きている」ことへの「まなざし」を提唱して
それを「質的調査」と呼びます。





まだ読み終わってないけれど、
とても読みやすいのでオススメです。
GWもあと2日、
良かったら書店を覗いて見て下さいな~。








ところでなみちゃん、
「あたりまえ」が嫌いです。
内輪の間柄だったら許せますが、
そうでない場合、
この言葉を使う人たちに関して考えうる可能性は二つ。


①対象を「制度」に無理矢理でも取り込む必要性がある場合

これはバイト先とか職場とかです。
習うより慣れろ、という訳で
無理矢理「当たり前」を叩き込んで質の均一化を図ります。



②説明するのがめんどくさい

説明すると余計に議論が紛糾してしまい
本人にとって好ましくない場合。





将来政治家になりたい人、
特に②に注意して下さいね。
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