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むくネコが飛んできてくれそうなタイトルです(笑)




金曜日の三限は音楽の時間です。

なみちゃんは、
高校の音楽の時間はほぼ居眠りタイムと決めていました。
うたう時と伴奏弾くときは別だったけど。



今回の大学の授業も、やっぱり時々居眠りをします。
でも先生が大好きなので
まっずいアメとか食って頑張ってます。



本来は「南・西アジアの音楽」の時間なのですが
先生が生徒の意思を汲んで下さり
今日はインドネシアだかどこかのアザーンを聴いたあと
キリスト教の音楽にも触れました。
(アザーン:イスラム教の礼拝の呼びかけ)





キリスト教。
私にとっては、
「ユダヤ教の弟分」
「イスラム教の兄ちゃん」

という認識しかありませんでした。

旅行に行くまでは。





旅行で訪ねた先々に
必ず教会があって、
色々な文字で色々なことが書いてあるのを
ただ何となく眺めて、

そのバラエティに富んだ姿と
裾野の広さを思い知ったのでした。




シリアやヨルダン、パレスチナの教会は
質素でありながらも
生活に密着した姿。
漆喰の壁、信者と同じ高さに立つ祭壇。
壁に書いてあったあれは何語だったんだろう。
アルメニア語かしら。



エルサレムの教会、キリストの眠る聖墳墓教会は
暗くて重々しくて、
年季の入った木材みたいな
深い飴色の雰囲気を醸していて。



ハンガリーの聖堂は
息をするのが憚られるくらい
広くて厳かで、光に満ちているイメージで。





「キリスト教」と一言で捉えるのが勿体無いような、
そんな感じでした。


「イスラーム」だって一言で捉えるのは勿体無いからね。









そんな、
「とりあえず色々な種類があるんだよねー」的な知識しか
持たなかったなみちゃんですが、
今日いきなりその具体例に突っ込みました。
音楽の授業で。




ローマ・カトリック教会の「グレゴリオ聖歌」
ビザンツ教会の「ビザンツ聖歌」を聴かされた訳です。





これらはフィリオクェ(filioque)論争で決定的に分かれたそうですが、
そもそもfilioqueって何ていう意味かというと
「および子」。
父、子、精霊の三位一体の中で
この「および子」という概念をどう位置づけるか、という点で
分かれたんだそうですよ。


曖昧な書き方をしてるのは自分でもまだよく噛み砕いてないから。



で、
グレゴリオはfilioqueを聖歌に入れる。
ビザンツは入れない。

グレゴリオはラテン語。
ビザンツは古代ギリシャ語。




私が今合唱サークルで歌っているのは
ラテン語のミサ曲です。
(ですよね、I氏のお父さん?・笑)





ミサっていうのは、
Kyrie(憐れみの讃歌)、
Gloria(栄光の讃歌)、
Credo(信仰宣言)、
Sanctus(感謝の讃歌)、
Agnus dei(平和の讃歌)
という5つの詩に曲を付けたものです。


従ってこれは
ローマカトリックのグレゴリオ聖歌。







ここで「え?」と思う。

あの5つの詩って元々ラテン語よね?
ということはMissaもラテン語?
ということはビザンツ聖歌はミサではないのか???





→先生に聞く




「う~ん、分かりません…一緒に調べてみましょうよ♪」





難しいぜキリスト教!!!







そもそも世界史をマトモに習わなかったなみちゃんは
キリスト教といえば
カトリックとプロテスタントだよね、
くらいのカンチガイしか持たなかったし、

それらがいつ分かれたのかとか
今いったいどうなってるのかとか
そういうのも殆ど知らないわけ。
アメリカがカトリックの国で政教分離とはほど遠いことは知ってるが






中東はキリスト教と密接に関わってるからね。
勉強しなきゃ。

色々取り込むべきことがあって、
色々考えるべきことがあって、
頭が忙しー。










と、問題提起を自分に課しつつ、
最近印象的だったことなどを記録してお終いにします。





●シリア人ホサムさんの言葉

「シリアのキリスト教徒はほかの国のキリスト教徒とは全然違うんだ。
 アッラーという言葉も使うし、
 アラビア語を喋って暮らしてる。」
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