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この質問は私を鬱にする。





果たしてあなたは、
私が何を言っても受け入れる準備をした上で
この言葉を吐いているのだろうか。
その答えの重みを意識しているだろうか。




次に聞いてくる人が居たら逆に聞き返してやりたい。
「どんな答えを期待しているの?
 どんな答えを聞けば納得するの?」
と。








あなたが、


受験を経て通う大学を決めたときのように、
その中で選考していくものを絞るときのように、
付き合う人を決めたときのように、


私も、留学することを決めたのだ。
その決定に至るプロセスの重みは
あなたのそれと変わらない。

あなたがとても複雑な構造を持っているように
私もとても複雑な生き物で、





それを前提にして
尋ねて欲しい。
もっと具体的に。
そんな奇異の眼差しを向けて気軽に問うな、頼むから。






「『愛情』の反対は『無関心』」いうのは有名な言葉だが、

『関心』が常に健全であるとは限らない。
「へぇ」で始まりそして終わる関心や
「そんなの間違っている」と端から拒絶する関心は
無関心と同じくらいタチが悪い。



相手が
目も眩む程の数の何かで構成された有機的な存在であることを
そしてその点で
自分と同じ価値を持っていることを意識して、

初めて『関心』は
建設的な関係に転じうるほどの価値を持つ。






ひとは皆、自分が主役を演じる舞台に立っている。
自分を取り巻く人間は脇役でしかない。



でも
その脇役の人間の深みが分かったら、
主役の自分の演技にも深みが増さないだろうか。
どうせなら
「悪役」も「友人A」も「村人B」も「通りすがりの人」も
すべての役者が輝く舞台で踊りたい。
















とても大きなリスクを見据えて決行する今回の留学。
理由なんてものは星の数ほどあるように感じられて、
それは複合的に絡み合っていて、
切り出して説明を試みると
口から出る言葉が次々と嘘のようになっていく。



どうせなら陽気な嘘をついてやろうと思って、
私はすぐに言う。
「アラブ人もユダヤ人も格好良いから(笑)」
「石油商と結婚しようかな~☆」
と。



格好良くたってどうこうしようなんて考えていないし
パレスチナに石油商なんて居やしないのに。









こんなことを言う自分は
一方で
本来は「果たすべき」と感じている義務を怠っている。







ひととの繋がりの中で生きている自分は、
自分と繋がっている人に
「応える」義務を持つ。



独りで生きては居ないから、
私が何をするにしても
本当は他者が関わっている。
「自己責任」なんてものは虚構だ。





「どうせあなたたちには分からないのよ」
と私が言い放った瞬間に、
私は繋がりに報いることを放棄する。
自分を繋がりから切り離して
超越した存在か何かのように振舞う。

その瞬間、私の舞台の脇役は輝きを失う。







その「乖離」を最も恐れているのに、





「何でパレスチナ行くんですか」





と問われる度に「乖離」への一歩を踏み出し、





私のあり方も
質問者のあり方も
私が思う「健全」な姿でないことを感じる。

あなたの創った幕の中で、
私は脇役として輝いてはいない。









こんなことを此処で書いておきながら、
次に会う人に対しても
私は笑って言うだろう。



「石油商捕まえてくるからね!」
と、


友人か何かに身を窶した道化役として。
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