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私はユダヤ人だ。



「ユダヤ人」という言葉の定義が本当は曖昧なことは
脇に置いておく。
とりあえず一般的なイメージに歩調を合わせるなら、
私は
ユダヤ人側に居る。



思想の話ではなく、
立っている場所の話だ。






「イスラエルは我々の住む場所を奪った」
「我々の尊厳を踏み躙った」


そうパレスチナ人が言えば、


「元々は我々の場所だった」
「我々も辛かった」


とユダヤ人が言う、
そして結局
既成事実がモノを言い
「過去の話」になり
強者イスラエルは結局強いまま、
パレスチナ問題は終わらない――





そういう
恐ろしく単純化された図式に歩調を合わせるなら、





我々は国内において
そして東アジアの中で
イスラエル・そしてユダヤ人と似たことをしている。







別に
アジアの隣国が正しいという訳じゃない。
謝り続けろだとか保障をせよだとか
そういうことは別の話だ。







自分の持つ力が他者にどういう影響を与えるか、
その強さは如何ほどか、

それに気づかない人間は
気づかないまま
他者の生を蹂躙する。






私もまた、他者の生を蹂躙している。

ホームレスの横を歩き、
日雇い労働者の街を電車で通り過ぎ、
在日の人々の存在に気づかずに。
例は挙げればキリが無い。






その人々が苦難に置かれた時
そしてそれを知った時
「かわいそう」だとか
「頑張れ」だとか
「努力が足りない」だとか
そんなことを言う権利は私には無い。

それは
私が無意識のうちに「欲した」結果
起こった事態だからだ。
無数の人間が無意識のうちに
「何かをすることを選ばなかった」結果
起こった事態だからだ。






「自分はホームレスを見て何とも思わない」
という人はそれでもいい。



「興味がある」なら、

彼らを自分と切り離した存在として考えても
解決の糸口は見つからないことを受け入れた上で
何か言うなりするなりすべきだ、



と私個人は思うのだけれど。






気が遠くなるような積み重ねと繰り返し。
それを多分これから一生続けていこうとしているのだから
自分でも呆れてしまう。
そして自分の信念を上手くアウトプット出来ない。
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