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今日も入国を試して
やっぱり拒否られたジャネッサ。
今日大学に行ったときに
彼女の代わりにオフィスに顔出して訊いたら
パスポートを変える必要があるらしい。
でもナンバー控えられてたら?
実際そうやって
過去に日本人の女の子が入れなかった事件がある訳だし。


彼女が気になって何も手につきません。
忘れ物も多いし食欲も湧かない。
大学の授業でも「大丈夫?」と言われっぱなし。
「死んでるよ」とまで言われる始末。




なのに、彼女のために出来ることが何もないのです。
全ては運にかかっているようなもの。
とりあえず知り合いから情報を集めまくって
メールを送っていますが、
パスポートを変えるなら三週間かかるのです。




ナーヘルは発狂しそうです。
私もとてもupsetな気分。











こうやって身近なところで不条理が起きてみて、
心配して、悲しんで、ブチ切れて、

イスラエルの刑務所に政治犯として8年閉じ込められてた
私の先生の言葉を思い出す。









"Everyone has their own anger."







ここでは
全ての人々が何らかの形で怒りを抱えてる。
全ての人々が何かしらの悲しい経験を持ってる。
全ての人々が何かに囚われてる。





"It's not MY problem."

別に悪いことしてないのに、
何で囚われなきゃいけないの。













少しつつけば、
堰を切ったように誰もが語りだす怒りと悲しい記憶。
泣きたくなるような話ばかり。
私は泣いてばかり。








それでも外の人はこう言うだろう。

「だってパレスチナ人だって
 テロを起こしてイスラエルの無実の子供を殺してるだろ」







それは事実だ。










どの紛争にも、
both sideに犠牲者が居る。
その悲惨な話を掘り下げていけばキリがない。




それに加えて、
記憶は変質する。
それは人間の脳の構造上、仕方のないことだ。



そして人間は、記録さえ変形させる。
見方を変えれば
歴史なんてものは
マジョリティによるステレオタイプの塊である危険性を
脱することが出来ない。






だから、
どっちが正しいかとか
どっちがより悲しい思いをしているかだとか
そういうことに囚われて考えていてはいけないのだ。





人権だとか、
分離壁だとか、
テロだとか、
宗教だとか、


そういうものに引っかかっていると
どっちが正しいとか
どっちが悪いとか
そんなの決められる筈がないとか
議論は複雑になって、

諦めの顔を隠した「結論」が出る。

「どうしようもないよ」










それは意味が無い。
そんなの結論じゃない。
ただちょっと考えるフリをしてみただけ。
フリだよ、それは。









離れた所から、遠いところから見るからこそ
見えるべきものがある。











「この『占領』という形態は、
 果たして両者にとって健全な関係を生むのだろうか?」






そこに立ってから歩き始めないと、
どの問題も結局解決出来ないのだ。
「犠牲者がパレスチナ人だけではない」からこそ、
ここに立たなくてはいけないのだ。











どうですか。






あっ、"fu*k"の使用は前回の記事で終わりにしときますから(笑)。
ご心配をおかけしておりますどうも。
次はアラビア語で罵り言葉を探さなきゃ~。
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