上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
ついさっきまで子供らが家に押しかけてきて
「サダムの処刑が見たい」というので
You tubeなんか彷徨いつつ、
10回くらい一緒に眺める羽目になった並木です。

犠牲祭の頭に処刑するなんてどういうこっちゃ、
と思うことしきりです。

ちなみに、
パレスチナの子供がどんな反応をするかというと、



アリージュ:「ハラーム(誤ったこと)よ!
       サッダームが最後に言った言葉、知ってる?
       パレスチナについて語ったのよ!
       彼だけがパレスチナに優しかったのに……」



といった感じ。
まぁ確かに彼はパレスチナに対して優遇政策を取っていて、
例えばイラクへ留学する費用を免除したりしていました。
だからパレスチナ人留学生はイラク戦争前にとても多かったのです。
そんな訳で湾岸戦争でもパレスチナはイラクを支持。
クウェートやカタール等湾岸諸国からの対パレスチナ留学生奨学金が
取り消され、
パレスチナ人が追い出されるという事態を招きました。

ちなみにシリアも優遇したりしてる。

パレスチナに優しい政策を取るだけで
この問題、ひいては中東でイニシアチブを取ることが出来る
(と思っている)のは
今も昔も変わらないようで。

でも結局はそれが
その国の国民のパレスチナに対する反感を買うのです。
やれやれ。





ちなみにアリージュ達はオサーマ・ビン・ラーディンが
ヨルダン人だと信じて疑わないので、
説得は諦めました。
重要なのは、
彼らがそう信じている、というのを私が認識することです。





そんな彼らに言わせれば、
「イスラエル人は皆嫌いだ、皆暴力を振るう」
とのこと。





「色々な人が居るんだよ、
 パレスチナをサポートしてるイスラエルNGOだってあるし」





とは言うのですが、
彼らの目にはイスラエル兵しか見えないわけで、
毎日暴力に晒されているわけで、
見えないものを「ある」と言っても
それは説得が難しいところ。






一度イスラエルNGO職員なんかと会わせてやりたいなぁ、
と思うのですが、
実現なるか?!?!









私自身は、1/1のAM1:00、
テル・アビブの繁華街に向かう途中で
タクシーに一緒に乗り合わせたイスラエル人カップルとの議論を
忘れることが出来ません。






私とサメットが「西岸に住んでる」と言った途端
口から泡を吹きそうなほど驚いて
「危なくないのかい!!!」と言ったイスラエル人彼氏。


地理的に言えば
イスラエルは四国くらいの大きさなので
高知県民が徳島県民を指して
「あいつらの家には
 みかんジュース専用の蛇口があるらしいぜ!!!」

と大真面目で言っているような関係ですね。w






「君たちが思ってるほど危なくないよ。
 武装して入ったら石投げられるかもしれないけど。」




という我々の返答から始まった議論。
そのうち、

「お互いがもっと現実を知るべきじゃないのか」

という方向へ話が進んでいくのですが、







彼氏の方は

「その通りだよ、だって現状では誰も満足していないじゃないか。
 アンチ・パレスチナな女友達が居るけれど、
 彼女の意見を聞いてると不快になる。
 どうして自分の側を正当化することしか
 彼らは知らないんだ?」


と話し、



彼女の方は

「共生したいけれど、
 私たちは怖いのよ。
 今国境を開けたら、もっと暴力が広がるかも知れないじゃない?
 彼らの方にも問題があるわ。
 根本の問題は『占領』じゃないの。
 色々な原因に『占領』が重なった結果
 現状があるのよ!」


と言うのです。






「じゃぁ、どうしたら国境を開ける合意が出来るのか?」

という議論を始めたところで、我々の目的地に到着。
新年始まって最初の幸運に感謝しつつ、
私とサメットは車を降りました。









ところで、2001年までは、
イスラエルにもパレスチナ人が自由に出入りしてたりしたんですよ。

テル・アビブでは沢山のパレスチナ人が働いていたし、
イスラエル人の農場でも沢山働いていたし、
皆ヘブライ語を喋ったりしてたし、
給料は良いし、
イスラエルのビーチはパレスチナguysにとっては天国だしw、
結構満足して共生していたもんだ、
と誰もが言います。
鼻の下を伸ばしながらビーチを回想するナーヘル兄の顔は
とても面白かったw




そんな状況が変わったキッカケは、
シャロンがイスラームの聖地・アルアクサーモスクに
武装兵士を伴って足を踏み入れたことから始まった、
アルアクサー・インティファーダ。



あちこちで武力衝突が起き、
イスラエルのバスでは自爆テロが決行され、
ラーマッラーの街はゴーストタウンになり……



その後、壁が建設され、
パレスチナ人はIDを持ち歩くことが義務付けられるようになり、
移動も厳しく制限。
最早双方の交流はとても限られたものになっています。




モスクに入るくらいイイじゃん、
あいつがアホだから武器持ってきたんだと思ってやれよ、
寛容に行こうぜ寛容に。



と正直無宗教な私は思っちゃうのですが、
まぁ結果的に閉ざされた現状は変わりません。
そしてパレスチナ人は窒息していきます。





まず、開けることから始めるにはどうしたら良いんでしょうね。
ファタハとハマースがお互いに誘拐なんかし合っちゃう
この現状を見ると、
頭が痛みます。
スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://janiksenpoika.blog40.fc2.com/tb.php/631-49a45792
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。