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2007.10.28 ピアノ
家のベランダで雨上がりの月を見ながらタバコを吸ってしまったり
本や書類で半分くらい埋まったベッドで膝抱えて丸くなって横になったり
海の向こうにいる人生の先輩にスカイプ電話かけてみちゃったり
そして繋がらなくて落ち込んでみたり
はたまた茨城で働いてる友人に「飲みたい!」と突如メールしてしまったり、

考えることはいっぱいあって、耳を傾けたいこともいっぱいあって、
頭が忙しいのにそれを認めたくなかったりして、
そんなざわざわした夜を過ごしていますが、


今日はピアノの発表会にお邪魔してきました。




音楽は私にとって、
自分の中途半端さの象徴です。





ピアノ、エレクトーン、アルトサックス、コントラバス、
合唱、そしてタブラ(アラブ太鼓)。



色々手をつけたものの、イマイチ形にならないのです。









特にピアノ。
これは4歳頃から15歳まで、11年間くらい続けていました。
途中5、6歳で入院した頃は休止していましたが、
それでも教室に通い続けていたのは確かです。







始めたキッカケは何だったのでしょうか。
母は覚えているかもしれません。
それでも私は覚えていません。




続けたのは何故だったでしょうか。
毎日毎日「練習しなさい!」と叫ばれ
イヤだイヤだと思いながらも一日30分ピアノに向かっていたのは、
「イヤだったら辞めてもいいのよ!」という言葉を
耳にタコが出来るほど聞いたとき心に必ず浮かんだ、
「これだけお金がかかってるのに、申し訳ない」
という義理めいた理由です。








高校1年生の冬、15歳の冬に、
自分が何者なのか、何が大事なのか分からなくなって鬱に陥った時、
「辞めていいのよ」
という言葉を初めて素直に受け入れ、
私はピアノ教室に足を向けるのを止めました。
自分の価値を無理矢理創り出すように高校で仕事を兼任し
疲れ切っていたことを理由にして、
やっと踏み切ったのです。









今思えば、
ピアノと共にあった11年間は
曲や作曲者の哲学をそれと気づかずに壊し続け、
ただ有名どころの曲に手を付けるために
荒削りにさえ見えない弾き方を続けていました。
自分の為に弾く、なんて簡単な事が出来なかった。
ただ自分にそれっぽい価値を付加する為に弾き続けていたのでした。
作曲家が伝えたいことを言語のように譜面に書き残した、
その跡を追うことなんて、
考えもしなかったのでした。







だから、







有名でもない、誰かにとっては子守唄でしかない曲を
愛しそうに演奏する、
その哲学を理解するために時間をかけたことがハッキリ分かる、
そんな弾き方をする人を見ると、

甘酸っぱいような、ほろ苦いような、
そんな衝動が私を襲うのです。







私がたどり着けなかった、夢見ることさえしなかった、
そんな場所に彼らが足を付けているのが見て取れるからです。








今日はアラビア語科の親友が発表していましたが、


最初こそ強張ったように見える指を鍵盤の上に滑らせていた彼女が
リラックスしてきた中盤で見せた表情、
その動き、雰囲気を感じて、


不覚ながらホールの隅っこでぽろぽろ泣いていました。









あぁ、貴女は、
私にとっては大荷物でしか無かったソレが、
本当に好きなのね。






彼女が私より、
アラビア語の読み書きにおいて上を行き、
音楽をたしなむことは「知って」いましたが、



今日の彼女がいつもより可愛くて、格好良くて、何よりキレイだったのは、
華やかな衣装のせいでは無かったことは確かです。
あぁ、貴女には敵わないよ、と「感じて」しまったのです。











私には未だ、再び鍵盤に触れる資格は無いように思われます。
いつか戻るとは思うのですが、
未だ機が熟していないような、そんな感じがするのです。









8年は私の指をカチカチに凍らせるには十分な時間で、
鍵盤は私の指がその上を滑ることを拒否するかのようです。
それでも私はソレと向かい合うんだ、
という覚悟が今は足りません。








**************************





ベッドに横になって自分の未熟さを噛み締めるとき、
日頃22歳らしからぬ虚勢を張り続けることに慣れている自分を
壊してみるとき、


覗き込んだ深い淵に呑みこまれそうな私を引っ張り上げてくれるのは、
応援や叱咤の形を取って私の元に届く
悪意のカケラもない人達からの「気持ち」の存在で、







よく、思うのです。
私は本当の「悪意」を知らない、幸せな子なんだ、と。








こんな私はきっと、
いつかそれと気づかず「悪意」に捕まって殺されるのです。
「悪意」を知らない私は、
いざソレと向かい合う時とても弱いのです。







「悪意」を知らないことは、同時に私の強みでもあるのですが。
だって、何故か呼んでしまうんですよね、
類は友を。
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