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今日は風が強いです!
両親は大阪まで旅行(と仕事)に出かけているため、
朝からゴミ捨てと洗濯干し。ついでに愛犬もお風呂に入れました。
一仕事終えて隣のベランダの洗濯物を眺めながら一服していると、
タバコの灰が弧を描いて灰皿から散っていきます。おっとっと。



思えばこのガラスの何の変哲もない灰皿、
ハンガリーで泊まったホステルから失敬してきた一品です。


風に運ばれていく塵と煙を眺めていると
漠然とした私の思考も遠く遠くへと跳んでいくようで、
2006年の私の、あたたかくて悲しいクリスマス。
日本のはるか西の国々で見た、幸せそうで厳かな冬。
直接的な関係は無くとも便乗する人々。
取り残された人々。




パレスチナの教会でお祝いをする人たち、
ハンガリーのマーケットで贈り物をねだる幸せな子、
ポーランドの家々に灯るあたたかなオレンジの光。






キリストの生まれたベツレヘムの広場で浮かれる人々に
「ねぇ、私にお菓子を買って」と乞うぼさぼさ髪の子供たち。

「あっち行きなさい」

そんな言葉は彼らへの最も多い”クリスマスプレゼント”で、








「いいよ、一緒に食べよう」


と応えた瞬間に私の周りには
大きくて低い人だかりが出来あがり、



「私のよ! だって私が頼んだんだもの」

「ねぇ、僕にも一つ買って」



と「自分だけ」を求める小さなひとたちに取り囲まれた私は
「だったら買わないわよ! 
 心配しなくても皆にあげるんだから、
 列をつくりなさい!」

と彼らをどやしつけ、




スプーン一杯ずつ、その口にあたたかな飲み物を流し込みながら
2005年までの、”幸せな”私のクリスマスを想いました。











サンタさん、こんな私でもお願いしていいですか。
特別に美味しいものも、シャンパンもワインも要りません。
好きな人を連れてきてくれとか、
「世界平和を」とか「貧困の撲滅を」とか、
そんな大きなことも願いません。




ひととひとを繋ぐ心を、私から奪わないでください。
例えお金がなくなっても、
例え五体が不満足になっても、例え五感を失っても、
それさえ失わなければ私は幸せに日々を過ごせると思うのです。
もちろん失ってみないことには分からないけれど、
23歳の青い私は、そう信じたいと思うのです。














私の目の前を流れる煙は
見る見るうちに嵐にも似た強風に溶け込んでいきます。


嵐を巻き起こす力を蝶の羽ばたきが持っているなら、

ちっぽけな個々人が発する「存在」の力は?









手段と相手はどうであれ、
多くの人々が世界中で気持ちを伝え合う特別な日。




千葉の田舎の家のベランダから
セカイのちっぽけな一人として風に想い(と迷惑なことに副流煙)を流す、
2007年の私のクリスマス・イヴでした。
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