旧市街を出てぐねぐね歩くと辿り着く、
マリア教会の近くに位置する墓地に
それはありました。
写真は実は持っていないのですが。
石に埋まっていたかと言えばそうでもなく、
圧倒的な存在感を持っているかと言えばそうでもない。
イスラエルの人々が列を作って参拝に来るわけでもなく、
底が抜けたような青い空の下、
どこにでもありそうな緑の原っぱを見下ろす斜面に
それは白く平たく納まっていたのであります。
そういえば、何で石を墓石の上に乗せて追悼するんだろう。
と思ってググったけれど、
賽の河原のお話しか出てこなくて諦めました。
どこにでも在り、シンプルであり、人間が初めて手にした道具であり、
人間の体が風化した後も残る「石」は、
ときには怒りを、抵抗を表現するものでもあり、
ときには痛みを、感謝を表現するものでもあるようです。
おっと、「石」で一本レポート書けるんじゃね?(笑)
石を見ていると人の表現について掘り進めていけそう。
映画そのものに関しては未だ感想が纏まらなくて、
きっと時間と回数が必要です。
なので感じたことを箇条書く。
つまんない備忘録です。ごめんなさい。
●ユダヤの音楽に久々に触れて
作中のお祈りはポーランド語っぽかったけど、歌はヘブライ語(だと思う)。
哀しみを纏ったような、それでいて一筋の光が射すのを感じさせるような、
聴いていて
「えぇっ、そう進行するのか?!」といつも思わされる、
そんな独特なユダヤ教の歌を久々に聞いた。
多分あの雰囲気は東中欧の音楽との混合物なのだと思うけれど、
そうすると非欧州出身のユダヤ人とは文化が違うのだろうけれど、
何故かものすごく惹かれてしまう。
ヘブライ大から楽譜をパクってきたくらい。(おい)
実はイスラエル国歌のメロディが耳から離れない。
聴くたびに押し潰されそうな感覚で息が止まる。
●アウシュヴィッツ近郊、
ユダヤ人貨車の女たちに向かって
首をちょん切るしぐさをしてみせる子供
アミラ・ハスの「パレスチナから報告します」の一節を思い出した。
―土井敏邦によるアミラへのインタビューより―
Q.あなたのお母さんたちユダヤ人が強制収容所に連行されるのをドイツ人たちが傍観していたという体験が、あなたを「客観的な立場」「第三者の立場」に立つことを拒否させているのですか?
―いいえ。私が言っているのは「傍観者」にはならないということです。「傍観者」であるということは、「無関心」だということです。つまり不正義に対し無力感を持ち、何もしないということです。私の母は多くのユダヤ人と同様にドイツ国内の強制収容所に送られました。動物のような状況におかれ、そのときは死にたいと思ったと私に語ってくれました。母たちは家畜貨車で運ばれました。一〇日間、ほとんど食べることも水を飲むこともできませんでした。やがて、貨車から降ろされ、強制収容所まで歩かなければなりませんでした。その時、沿道でドイツ人の大人たちが見つめていました。いわゆる「無関心の好奇心」の目でした。その頃の母の写真を見たことがあります。私はそこにいるような錯覚に陥りました。私にとってその沿道のドイツ人たちはいつも憎むべき「傍観者」の一例でした。まったく気にかけないか、または自分がまったくの無力感の状態にあるかです。
しかし私がこんな考えを持つのは、私がただ単に”ユダヤ人”であるからではありません。自分が”左派”だからです。(両親は)当時、共産主義や社会主義の考え方を持っていました。「介入しない。傍観者にはならない。不正義がまかり通らないように行動する」、つまり”ヒューマン”であることです。
(「パレスチナから報告します」アミラ・ハス著、くぼたのぞみ訳、
筑摩書房 2005年5月10日初版 p.296-7 より)
似たようなシーンです。
でも、
「お前らは死んで行くんだよ」「死んでしまえばいい」を表す少年の仕草は
アミラの言う「傍観者」ではない。
無関心ではないし、無力感に苛まれているわけでもない。
負の関心、とでも呼べばいいのか。
和を創り出す時には「無関心」と闘うだけでなく
「負の関心」とも闘わなくてはいけない。
「愛情の反対は無関心」というのは
憎しみや怒りさえ「正の関係」を創るスタートとしては悪くない、
ということを指すのだろうけれど、
私から見れば「無いものを創る」より「負を正に変える」方が
遥かに難しいような気がする。
なんて、後ろ向きなこと言っちゃって。
そこを何とかしたくてもっと勉強したいんでしょうに。
「日本とドイツ 二つの戦後思想」
「第二の罪 ドイツ人であることの重荷」
なんて本をちまちま読んではメモを取っていますが、
受け止めるのが大変です。
●シンドラーと社会起業家の関係
これはもうちょっと私が社会企業について勉強しないと。
●こういう大勢を扱うフィルムの中での「個」の描き方
うーん。まだまとまらない。
●風景
久々に白黒でご対面したアウシュヴィッツ。
去年の2月に一人でウロウロした国々。
息が止まりそうになりながら取った汚い字のメモ群。
また圧倒されてしまいそうで、怖くて今は開けない。
「夜と霧」を観た時と比べれば
随分とまた興味関心の広い感想文だなぁ。