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今日は千葉から成田行ってインドネシア人の先生を拾って
武蔵境行ってホテルに荷物置いて
吉祥寺に戻って本屋4軒ハシゴして帰国後初の吉野家牛丼を食べて
武蔵境に彼を送り届けて千葉へ帰りました、
大学にパシられるなみちゃんです。

このインドネシア人の先生、
「雪が降るらしいですよ」と報告するとウキウキ喜んじゃうような
とても可愛いひとなんですが、
ドイツに6年住んでいたせいもあってか無駄が嫌いな人でした。
かの地でphD取った私の知り合いは皆ひたすらよく働きます。ドイツこえーよ。


さて、空港でゲートから出てくる人たちを眺めていたなみちゃん、

「今は簡単に海外に行けちゃうんだなぁ……」
なんて感慨にふけっておりました。









先日パパさんと我が血筋について話していたのですが、



私の父方のひいじいちゃん。
明治20年前後、銀座に電燈が灯り始めたくらいの生まれの彼は、




英語も喋れないくせに
アメリカにどーーーーーーーしても行きたかったらしく、
どこぞの島にまで渡って船を待ったりしたんだそうです。






結局行けなかったからこそ今の私がある訳ですが、
なんでそんなにアメリカに行きたかったんでしょうねぇ。
まぁ、もしひいじいちゃんが私に会ったらやっぱり
「何でパレスチナなんかに?」
と訊いてくるに決まってるとは思うんですけど。
変人の血筋なのであります。











そんな彼の憧れの地・アメリカ。
2000年夏、曾孫の私は15歳にして足を踏み入れてしまいました。






まぁ、現代の利器の力を借りて、のお話ですけれど。

ライバルはひいじいちゃんの心意気、ということで、
彼が天国でぎゃふんと言うような度胸と実行力を養いたいとぞ思います。
そうだよねぇ。言葉なんて、技術なんて、後からついてくるよなぁ。
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